VOYAGER

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あれからもう一年が経つなんて信じられないくらい

時は自分を置いていくように加速して、いつしかいろんなものが消えてしまう気がして、焦る。

 

一年前より少し早めに来た神社は、なんだか活気があって、でもやっぱり変わらなくて、

一年前のあのとき、それだけじゃない全てが昨日のことのように思い出せるくらい

 

おれは変わらないよ

ずーっと変わらないよ

変わることが恐ろしくて、変われないことが情けなくて

みんなのスピードにまったくついていけない。

 

あのね四月からはやっぱりここに住もうと思うんだ

何も見つからないかもしれないけど

戦争をしながら、同じ何かを探す旅をする

変わっていくこと 変わっていかないこと

今日くっきりと残る夢を見た
親友からLINEがくる夢
「もう私の全ては解決した」
「これ以上心配はかけない」
って始まって
たぶん君はODしてたんだとおもうけど
夜職をはじめただの、ホストの男と付き合っただの、自分を傷つけすぎてわけがわからなくなってきただの、
支離滅裂な長文がいっぱい送られてきた
その中で
「のえまが変わっていたら許さない」
って強く言われた
たまらず電話をかけて、あの人の家に走ろうとしたところで夢は終わった

「おれは変わらない」って答えだけ言えた
変わっていくもの 変わらないもの
その区別なんて曖昧だけど
もうわたしが哲学やアニメ考察厨やらからとっくに卒業したと思ってるのかもしれない
まともな社会人になって、まともな恋人を作って、まともな毎日を過ごしていると思ってるのかもしれない
そんな訳ないじゃんな〜


でもさこれってわたしがあの人に変わっていて欲しくないだけなのかもしれない。
信頼してるはずなのに変なこと言われる夢を見て
他人への思いを自分への思いに再投影してるだけだったら嫌だなあ。

今年も年があける
変わらないでいたい
来年もね




今あるものに充分なんて言わないで

今あるもので充分なんて言わないで

もっと望んで もっと知って もっと笑顔になってよ

今よりずっと楽しい景色 ワクワクするもの見せてあげたい

でもね幸せってそういうものじゃないの

ほんとの幸せは今あるものに満足すること

ねえでもそんなこととっくに気付いてるよ

今の自分 今持ってるもの 肯定してあげなきゃダメだよね

今あるものに充分なんて言わないで

なんて思っちゃうぼくは不幸せ

不幸の運び手なんかなりたくないけど

ああきっとわたしそうなってるんだろうな

今あるものに充分なんて言わないで

わたし幸せな人が憎いよ

わたしが持ってない肯定の気持ちを持ってるんだもん

ほしいよ それさえあればわたしだって

今あるもので充分なんて言えるから

あれ?おかしいな 

わたしどっちになりたいんだろう


羽根のない旅人

私たちは羽根のない旅人

意志だけが煙となって立ち昇る

肉体は翼がないから飛べないね

梟は女神の肩から飛んでいく

黄昏色の世界を飛翔する1つの文筆

それを私たちは地上から眺めるだけ

悔しいわけでも 苛立つわけでもない

梟には梟 彼らの仕事はそれだよ、と

そうやって空ばかり見てる君は

足元の淵に気がついていない

いや、気がついているのかな


人は諦めのついた顔で塔を登る

あの煙に、あの梟に追い付こうとして

蝋細工の羽根はすぐに溶けちゃうね

太陽じゃなくても、ひとの体温で

銀細工、蒸気機関電子基板でも

羽根はすぐに壊れてしまう

鳥が空を飛べるのは

骨の中身が虚だからなんだって

ひとの骨には何が詰まっているのだろう

それを取り除ければ

蝋細工のツバサでも

飛べる

だろうか

罰と許し、無意味と価値

いろんなことを何もわかっていない

ひとは私を知的で物知りと呼ぶけど

本当のことは何も知らない

それが今の罰につながっている


存在、あるいは行動

全てに対する罪悪感

あらゆる全てが責任

感受性の極度な緊張

行きすぎた感性は害


知性、憧れ、狂信、現実、救済。

単語を並べてもひとつも自分ではない

本物と偽物の違いを知りたい


空虚なる全て。

意味も価値も目的もナンセンス。

(なぜなら主観的ゆえに。)

ただ義務と責任は幾分か客観的なもの


わたしはいつまで客観に縋っているのか?

ただ自分の自己不全さと、承認されない不条理/憤りに対して、

空虚や虚無と言い訳をしているだけ。


許しは最大の罰である。

許された罪は、永遠の十字架


切り離してほしい。


友人に宛てた文章

この世界に確かなものはひとつもない。

真実は蓋然性に過ぎない、因果もまた斉一性でしかない。

強い信念も時とともに薄れ、価値観もまた移り変わる。

あれだけ強く感じる痛みや倦怠感も、傷が癒えれば収まっていく。

思い出はいずれ消えてしまい、新たな「うつろ」が上書きされる。

 

偽物と本物の違いもまた、存在しない。

偽物のブランド品を胸を張って身につける人間を軽蔑するけれど、

自分の記憶も誇りも発言も、偽物と本物の区別はついていない。

どちらかといえば、美しいまがい物のほうが、埃を被った本物より魅力的だ。

 

もったりと重いようで薄い、ファントム・グレーの「うつろ」が

ひとつ、またひとつと自分の感情や信念に覆い被さるような、

言い知れぬ不快感をおぼえながら、この四年間を過ごしてきた。

 

大切な友人が言っていた、ピンク色や紫がかった薄靄は確かに存在しない。

だが、それがかかっていた生活もまた、確かなものでもない。

「かかっている」と認識するわたしもまた、確かとは言えない。

フェイクを真実に変える情熱を(あるいは盲信を)「夢」と呼ぶのなら、

わたしはその夢を持たない。

こうしてまたひとつ、疑いという「うつろ」で上書きされてしまう。

 

疑い。

わたしは、全てにおいて疑ってかかる人間だ。

疑いとはひとつの美徳だと思っていた。

証拠不十分なものを盲信せず、理由と根拠を徹底的に調べ上げ、

不明なものは判断保留にするか、「無意味」と切り捨てていた。

 

「実は、これも無意味なことなのか」と諦めてしまうとき、

自分の心に「うつろ」がひとつ浮かんで、大切な場所を占めてしまう。

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普通の人々がいそしむようなタイセツな心の場所。

そこには大きな水泡のような「うつろ」が占めている。

浮かんだ「うつろ」は少しづつ大きくなって、癌のように浸潤していく。

 

癌は悪性新生物って別名がある。

この「うつろ」という癌が広がれば広がるほど、

わたしの心に新たな人格が割れ砕けて生まれ落ちる。

 

それでもまだ生き続ける理由はなんだろう。

燻ってはいるが、まだ暗い情熱の蝋燭は消えていない。

自分を構成するいかなるものをも知らなければ、という根源的な探究心だろうか。

自分が生まれたレゾン・デートルを知らなければ、という実存的な探究心だろうか。

同じ苦しみを抱える人間と出会うためだろうか。

茫漠たる砂漠を歩くための。

 

まだ諦めはしない。

もう少し頑張れるはずだ。

これを読む誰かにも

その心のともしびをもう少しだけ、信じて欲しい。